金曜の夜、同居人ししろーが喉が痛いと言う。このやろうと思って、とりあえず翌日のレッスンをキャンセルした。そして朝起きたらししろーは治っているというのに私の喉が痛いのである。
コロナの初期症状を調べてみると、圧倒的に喉痛と熱である。熱は36度5分しかなかったが、これから上がるかもしれないし。もうここからメールと電話で今後10日以上のレッスンをキャンセルしなくてはならない。昨日一昨日の生徒は大丈夫だったか?結構たくさんやったよなあ。合唱もやった。
発表会が近いわけではないけどこれは大変だ。接客業はコロナなどなってはいけないと日頃から気をつけまくっていたわけだが(玄関、靴の裏まで消毒)不要不急の外出どころか、要急の外出すらしなかったのである。これはコロナ前からのことで私は極度の出不精である。おかげでここ2年一回の発熱も喉痛も何もなかったのですよ。
さすがオミクロン、やるではないか。
東京都発熱外来というのに電話する。全く繋がらない。やっと繋がると三件ほど検査してくれる医者を紹介してくれる。一番近所の大病院は、かつて差額ベットでほんと詐欺まがいのことをされた悪辣病院だが、仕方がない近いし、昔入院したこともあるしな、で電話すると、ここ5年診察歴がないから見られないという。あのさ、それなら東京都から紹介されるなよ。大金持ちの生徒はコロナになった途端ここに入院してアビガン飲んで速攻治ってたが、当然地獄の沙汰こそ金次第なのは知ってるが、病院というのは一応社会的インフラであり、助成金ももらっているんでは?今は亡き母が担ぎ込まれた時、一日10マンか15マンかの差額しか空いていないと言われ、10マンの方に入れた話は朝日新聞に投書してやったからいいのだが(15マンの方は中国人だらけ)健全経営病院というか腐れ金満病院というか。
母が10マンの部屋で、そこに来たいかにもボクのうちは代々医者でボクも国立落ちましたが、オイシャサンです、ゆくゆくは家の病院継ぎます、実家は透析専門病院なので、他の科の勉強は必要ないんですけど、一応オイシャサンは国家試験がありますからね、車はアルファロメオです、新婚です。今まで遊びすぎました、年貢の納め時かな、妻は上司の紹介です・・的なかっこいいお医者さんに採血される時に
「あなた、まだお若いのだから、もっと真面目なお仕事につかなくてはだめ、こんなことしててはダメですよ」
と説教していた。認知症だったが、なんか本質はわかったのかも。隣の看護婦が涙堪えて笑っていた。
ま、それで後の二件のうちの知らない耳鼻科は調べると結構ひどいこと口コミに書かれていて引いた。もう一件は知ってるが(こどもが幼児の頃一回行った)感じが悪く、公園ママ情報では、子供連れてって子供が泣いたら「猫が起きる!」と怒鳴られたというので私は2度と行かない。
でもそこしか無くなってしまった。しかしホームページを見ると代替わりしていて、ムーミンのようないい感じの先生が後を継いでいた。電話するとなかなか親切な対応であった。別の入り口から別の部屋に入るように言われ、そこでよくテレビで見る鼻のなかに綿棒突っ込まれる試練の上、20分ほど結果が出るのを待つ。換気してるから寒い。やることもないので、この先自宅療養ということになれば、同居人ししろーに移すだろう。社会的に重要なことの何もない人なのでいいが、喫煙者な上に注射も1回しか受けてないし、58のジジイだ。ハイリスク者なのであった。
これは宿泊療養だな。
その待たされている寒い部屋で、どんなところに泊まれるのか調べてみた。
結構いいのである。アパホテルばかりじゃない。品プリもあるよ、お弁当の例も出てたが、結構美味しそう。ここで10日。
思えば旅行など行ったのはいつ以来であらうか?イタリア研修ツアーは一応「仕事」であるとするなら、それは息子の東大合格記念(わざわざ言う)で行ったたった一泊の、それも直前で桜の季節で有名旅館であったがためにそれは慶應大学の「止め」代と一泊が同額であった。わざわざいうが、「止め」なかったから行ったのである。はは、ザマアミロ、って何にだ?
いろいろ思い返せば頭にくることばかりだ。私はこの20年、うたに生きレッスンに生き、子どもの飯作り等家事に追われ、子どもの学費等も全部出し、おかげで60すぎでも仕事があり幸せなことであるが、その間ししろー、何してた?ずっとフラフラ遊んでたのではないか?
いやでも最近私は考え直すような本を読んだ。「千葉医大女医殺人事件」である(皆さん覚えていますか?つくば母子より前の事件ですよ、混同しないように)前からちょっと思ってたんだが、これの夫ってししろーに感じが似ている。冤罪かもしれないというかもう本人自分がやったかわからなくなってしまったのかもしれないが(獄中自殺)事件前のこの人の遊び方はししろーの遊び方に似ている。「強迫神経症的」である。こういう人たちには「説教」など効かないのだ。病院に連れて行くべきだった。精神構造が似てたと思うし、この夫婦の経済的背景も多少わたしたちに似ている。
ああ、殺されなくてよかった。
そう、3つくらい何かが重なったら私もそっち側に行ってたかも知れないのだ。クワバラクワバラ。生きてるなんて奇跡のようなものだわ。これからも良い仕事をして良いうたをうたっていこう。生きてるなんて一過性の奇跡だ。いいうたをうたう、も奇跡のようなものだ。いい時は3分の歌曲であっても一回生きて一回死ぬような感じ。うたは生きるのメタファーだ。
で、そんな人コロナになってもいいのだが、私は俄然その「宿泊療養」に行きたくなってしまったのである。その東大旅行(何度でも言う)以来の旅行ではないか!(いや、先生、「療養」です)
しかし「禁煙禁酒」と書いてある。当たり前か療養なんだから、これは少し困った。隠して持ち込めるか?差し入れはチェックされると書いてあるし・・この際決して自分ではできない禁酒をするか?などと考えあぐねてたら、ムーミンが意外そうな顔して入ってきて、
「陰性でした。最近だいたい陽性になるんだけどなあ」
で、喉見てもらったら咽頭炎ということで、抗生物質を出してもらって、ほぼ治りました。
でも今回の教訓、もう喉痛も熱も咳もここまで調べなけりゃならんのね。かかって重症化しないというが、めんどくさいことこの上ないことはよくわかった。国家的にコロナのことは忘れるか、3週間くらい全ての活動を止めるか?
どっちもできないからなんとなく罹ってなんとなく療養してなんとなく死んだり生きたりしてなんとなく「続行」。人生の暗喩だわ。