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頭声でうたう

東京駅の前の丸善のラウンジで書いてる。

東京にはいろんなものがあるんだなあ、「おのぼり」気分だが、ここへは自転車で20分なのよ、ははは。

練習ばっかりしていてどっこも行ってない私。東京はほんと変わった。こんなバカすか高層ビルを建てて、地震も怖いが、このさき四十年後とかにまた建て替えになるだろうに、その時それだけの余力がこの国にあるのだろうか?私はその前におさらばだからいいけどさ。

ラウンジはキャッシュレス払いだそうで、また私の嫌いなラインのお友達登録だなんだで、今日私は携帯を忘れた、そういう人にはカステラを3つ差し上げます、という丸善の不思議な提案。

携帯をお財布がわりにしてると情報抜かれたりしないの?

いつからこんなことになったのだ?全部スマホ決済になったりする前におさらばしたい私である。便利でいいというが、預貯金は隣の駅の信用金庫に預けてカードも作らない、下ろす時は「ハンコ」で月から金の3時までに下ろすというのがお金を貯めるコツだと聞いたことがあるが。

中国みたいにそのうち「現金」というものがなくなるかもしれないよね。その紙切れが介在しなくなると、いよいよ生活は「抽象的」になる。

当教室がキャシュレス払いになることは未来永劫ないが、1時間5000円というのは妥当なのかどうか私にはわからないが、よし、と思ってくれている人が来てくれて、私の「何か」に対してそれを払ってくれるというのもまた考えてみれば「抽象的」であり、水も出さない水商売ではあるが、ここで5000円で買えるものってなんなんだろうかね?

そんなこと当主が言ってちゃ困るが。

いや、自信あるのでこのスタイルなのだが。

5000円で提供したいものは、まずは当たり前だが「頭声発声」だ。

しかし最近思うが、これこそが難しいのだ。それができる人というのは多分ちょっと変わっていると思われている人ではないだろうか?この日本という絶対頭声で喋りませんからっ!という国で。

それに従順な人々、つまり日本国に馴染んじゃう人ができない「頭声」

それからの脱出は因習からの常識からの脱出だ。

頭声、って喉声じゃないってことだから、喉から音を離す、という感じだけど、これはもう絶対実地でやらないとわからない上に、個別に状態を見ないと何も言えない。結構うたえているようでのど、とか所々頭声とかいろいろ。あと「もそもそ声」というのはきっと日本だけの現象なのかな?中国人ができるように思わないし、イタリア人もできないと思う。そのもそもそ声でうたう(ことができると思えないが)と高音はまずかすりもしない。だからご迷惑をおかけするのでメゾで、というような人がたまに合唱にやってくるが、メゾを舐めてもらっては困る。メゾだろうがアルトだろうが声楽は頭声発声です。

 みんなのイメージとして「楽に声を出す」「自由にうたう」というのがあるが、これがその頭声のイメージなのだと思う。

もう二十年もすごい数教えてきたので、その人の「状態」というのは把握できるんだが、いきなり私より「頭声」ということもある。道場破りか、と思うが、やったことなかったりするのである。

全ては不公平にできてるが(だから何にも目指さない、追求しないって方法もあるよね。「出来る事」だけをありがたがって生きるっていう。無欲でいいようだが、私は組みできない。生きることは修行だと思っているし、つまりドMなのであるが)

なかなか頭声がわからない、ということもあるが、これは「絶対うたいたい、楽に声を出したい!!」と思ってくれるのが前提になるけど、丁寧にやればできるようになる。時間がかかると思うが、その時間も楽しんでもらえればと思う。自分が変質していく喜びを「向上心」というのかもしれないけど、現状でいいと思ってしまえばそれはなくなるよね。一日中練習していて飽きないのもそこだけど、

ピアノだと表面(指)がよくなるということはあるのでつまり弾けるようになっていく喜びがある。たくさんの練習は一応表面的には効く。

でも元々の「手」のポテンシャルみたいなものはそうそう変えられないので、そこはピアニストでも幼児でも理想な音を出すためには練習するしかないのですね。

でもうたに関してはいきなり「音」なので、指の練習にかこつけて本質を問わないこともできにくいし、頭声に入れば、声楽らしくは聞こえるけど、それがいいうたかどうかはまた異次元の話ではあるのだが。

  頭声発声のおおすすめは、「解放」のおすすめでもあるのだ。当教室が提供できることの一つが(他に何があるのか?ではあるが)頭声発声のやり方であるが、それによって「楽にうたがうたえる」訳だが、下でボソボソ喋っていることから脱出すると人は精神的にも解放されるのではないかと思っている。

 嫌なこと嫌いなことそんなことがいっぱいあります、というのは絵本「いやいやえん」の出だしで主人公は幼稚園児だが、人は嫌な時は駄々をこねてひっくり返ってやだーやだーと頭声で騒ぐものである。いつからか騒がなくなり、お利口にしていることを覚えたんだっけ? 

嫌なことがなくなったわけでもないのに。

会社でひっくり返って「やだーやだー上司が難しい仕事しろって言った、給料安いのにやだーやだー」と言ったって「思い」は叶わないばかりかさらに給料の安いところに被投されそうだし、頭声で騒ぐのは得策ではないと心得たのが昔すぎで、もうそのやり方を忘れてしまったというのが多くの「大人」です。

それを再び思い起こし、妥当な場所で発散した挙句、ゲイジュツにまで進化させようという無謀な試みの提案と実践がレッスンの内容です。

だから少なくとも「いやいやえん」の幼稚園くらいまで戻る作業でもあるんですね。生まれてすぐ出来たことがどんどん出来なくなって大人になったけど、

頭声で泣けば何かがもらえると単純に信じられるところまで戻ろうという提案。

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ここから東京駅に出入りする電車がよく見えて、プラレールのようだ。電車好きだった息子が3歳の頃だったら一日ここから動かなかったろう。帰ろうと言ったら「やだー」と頭声、嬌声で言われるのが怖いから親はしょうがない、ある程度はいう事を聞く。それでも帰る時は「提案」をする。帰ったら〇〇あげる、とか。それで一応次の行動に移れるのだ。

で、そうやってだましすかし人は何かを何かにすり替えて大人になるんだろうけど。やなことはやだけどね。これやったら何か貰えるんだっけ?この近くで働いてるはずだけど一体今何に何をすり替えて静かに仕事してるんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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