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上野松坂屋

 「着てきたドテラで丁度よかった」と志賀直哉がどこかに書いたらしく、それに太宰が激しく怒っているのだが「丁度よかったことなど書くな!」ということなのだが(如是我聞、多分)最近その怒りがなんだかわかるようになったよね。ラジオのお便りなどリスナーのほっこりしましょう、な場なので、いちいち頭に来るならラジオなど、それも早朝のNHKなど聞かなきゃいいんだが、夫が何かしてくれた話(家事とかなんだが、家事はみんなでやるんでしょ、ちょっと何かしてもらったくらいでありがたがっちゃだめよ)孫がなんか言った話(なんかいうでしょ、別にうちの孫じゃないから可愛くないわ)子どもの成長を感じる話、自分の歳を寿ぐ話、などなどで、「丁度良い」「どうでも良い」話。私はこういうなんでもない日常を密かにメールしたりファックスしたりハガキに書いたりしている「普通の人」の「自己顕示欲」に興味がある。

事実を文章にした段階でもうすでに「なんか」入っちゃうものと覚悟した方がいいが、変なことやお困りごとではなく、「フツウのこと」を投稿する気持ち。一応全国区のラジオでっせ、娘の誕生日をラジオで寿ぐ、などというものも多いのだが「花子ちゃん、あんなに嫌がってた学校も無事卒業、看護師試験合格おめでとう、立派な二十歳になったね、あなたを産んで本当によかったです、お母さんより」みたいな。ちょっとやばいな。昨今電話以外のツールだっていろいろある中で、ラジオで発表。

 自己顕示欲の始まり。丁度良い話でも普通の話でもみんなに聞いてほしい、そういうねじくれた自己顕示欲が私は怖いもの見たさで好きだが。

 そして最近それを育むツールは事欠かない、いや、その自己顕示欲という欲の発見がそれらのツールを爆発的に成長させているではないか。

そう、その自己顕示欲を育て、教え、育み何十年になるが、あるようで、ほら出せほら出せと言われると何にもないんだよね。所詮私もちょっとした家族の話でも自慢するくらいの小市民、ああ、今年は初めて家族写真でも三越に撮りに行って年賀状にでもしようかな。シシローもいじけるから入れてあげるけど、誰までを「家族」と認識するかといういやらしい研究が上野千鶴子にありました(「封建主義と家族制度」だったと思う。出先で調べられない)姑は嫁から見たら同居してても家族じゃないのね。姑は嫁を家族と認めてるのに、とかね。シシローって子どもたちから見たら相変わらず父親なのだろうが、私にしてみるとすっかり「家族」という認識はないな。しかし友達というほど何か生やさしいものでもなく、内臓みたいな。それももう癌かもしれないし。切るか温存するか毎日考えるみたいな。

「家族」についてはいろいろ書きたいこともありますが、そう、その自己顕示欲は私の商売だからさそこ。

 何度も書くけど「人はただのピンじゃない、と言いたいがためだけに愚かしいことをしでかすものだ」(ドスト、地下室の手記、これは正しいはず)ということで、ほんとドストエフスキーって人の「意識」についてどこまでも掘り下げた作家よね。彼はどこかで言ってる(どこかわからない)諸君、現代都市部の人間において、その意識は3分の一でも多すぎる(現代都市っていつどこ?)ではもう現現代においては10分の1以下でいいのではと思われるが、そう、自分はただの「ピン」じゃやないと言いたいがために投書したり今日の昼ごはんを載せてみたり、こうやってつまんねえブログを松坂屋の銀サロンで書いたり(わざわざ店名を入れる、上野松坂屋っていつ行っても何か地方都市のそこにしかないデパート風)うたをうたったり。

発表会など自己顕示欲をここぞとばかり出していい場だと言うのに、みんなドキドキしたり、ね、明後日のピアノフォルテの会だってピアノが弾ける自慢会だと言うのに、それにかける時間が多過ぎてどれだけ自慢できる何もないとわかるだけの毎日。それはうたもそうだけど、やり始めたころはあんなに本番が楽しみだったのに・・・。

土建屋:それが仕事になると言うことなんでしょうか。

先生:いきなり登場するんですね。

土建屋:何か先週好評だったようで。

先生:そう言うの嬉しいですよね。

土建屋:ちょっとしたことでも褒められると嬉しいものです。

先生:どんなに不機嫌を装っても紅茶に砂糖なんか添えて出されたらすぐに機嫌が良くなってしまう程度の不機嫌、とドストは書いていますどこかで。

土建屋:先生は音楽より文学をやった方が良かったのでは?

先生:ずっとそうしたかったんですが、こちらは勉強に近いもので、やはり苦手です。文学も音楽も読んだり聞いたりするのが好きなだけなのですが、うっかり手を出してしまった。才能のないものが月桂樹の葉っぱから一葉も摘んではいけないと、これはトーマス・マンが言ってます。

土建屋:教養がおありだなあ。でも趣味ならいいんでしょ?先生はお金をとってるから罪深いと思いますが。

先生:そうですね、そう、でもマンが言いたかったのは、ちょこちょこ芸術をやってまたフツウの市民生活に戻る事はできない、といっているんですね。私はもう戻らないところにはいると思うのでいいかなと思ってます。戻る戻らないは自分で決めることですが。

土建屋:戻る先もないですしね。

先生:言いますね。しかし昨日もレッスンに行ったけど(うた)どうしてレッスンではああも下手になってしまうんだろう。まあそれはその自己顕示欲とも結構関わってて、「ダメ、絶対ダメ!」という目で見られているところでそれはなかなか発揮できないのは私がフツウの人だからでしょう。「はあ?」と思っている人をターンオンさせてしまうような力がないならそこまでです。

土建屋:でも先生の生徒さんは皆さん上手くなるじゃないですか?

先生:私はそこ「自己顕示欲」を育てるプロだからです。そこ、普通の先生はできないところだと。これは宣伝ですが。元々このブログは宣伝ですが。

土建屋:褒め上手ですよね

先生:そんな単純なものでもないのです。そこは20年の実績です。絶対上手くなってもらおうとしたらそうなるものですが、こちらに少しの「自己顕示欲」があってはならないというのが結論です。だから演奏業とは両立しないのですが、私はそこの細い道を歩いてみたいと。それは「お母さん」というのもそういうものだと思うんです。自己顕示欲どころか自己防御すら捨てなくてはならない場面だってある。そういうのばかりだと森進一のうたう「おふくろさん」になっちゃう、そんなのやだ、私も大事にしたいし〜恋もしたいし、綺麗でいたいし子どもももちろん大事!でも自己実現もしたいし!そういう細い道を今のママたちは歩いている。大変だと思います。「ストーリー」とか「ヴェリイ」に出てくるママ。で、知性もないとダメだし。広末涼子?ダメだよAO入試だからな。

土建屋:このブログもよく炎上しないものですね。

先生:いいなあ上野松坂屋、お客さんが少なくて。寂しいジャズの有線が琴線に触れます。自転車で来ちゃったからもう帰らないとな。地下でネギ買って今日は鍋かな。

土建屋:ちょっと寒いですからね。もう寒暖差でやられそうです。

先生:どんな寒さも暑さも、体の不調も病気も退治する特効薬は「自己顕示欲」なんですよ。ぜひそれ一本晒しに巻いてこの人生100年時代を乗り切ろうではありませんか。巻いてるだけじゃダメかな、育てて高級に高尚にしなくては。あるいは誰にでも「手に取れるような」ものに。煮ても焼いても食えないようなものにしないように注意しましょう。

 

 

 

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