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実存主義

 夏目漱石を一度でも読んだことがあるなら、文京区の地名をいじることはできなかっただろうと思う。今はどこもかしこも本郷で、どこもかしこも小石川だが、区民は良い小石川、悪い小石川などと密かに呼んでいるんだが、悪い小石川は10年くらい前までは豪雨になると水が出た。

 うちは本郷だが、旧地名は「元町」である。「江戸の貧民街」という本に出ている下谷地区などと並ぶ由緒正しい貧民街である。江戸時代三河地方から連れてこられた職人の街なので、氏神は三河神社である。

 しかし今はもうそんなこと覚えている人も調べている人もいないし、名残として地元の原住民の学力が低いくらいで、それもみんなビル持ちなので金持ち。立派な文京区本郷であって、丁目が違うだけで東大と同じ地域のふりもできる。文京区でJRに近いのはここと駒込だけだし、地価は高いからデベロッパーもこんなところ8階建なんて許せない!!と思うんだろう。でも歩いてみるとわかるよ、貧民街。土地の履歴はそうそう消せない。しかし東京はどんどん更新されて上書きされていくんだからいいのであるが。でもくどいけど貧民街。私は貧民という言葉が好きである。

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土建屋:それそろ呼ばれるとは思ってましたが、貧民と呼んでもいいんですか?

先生:ぜひそう呼んでください。うたなんかうたって生きてるなどというのは河原乞食でありますし、そうありたいと思ってるんですが、才能がないので中途半端でお恥ずかしい。

土建屋:はあ。

先生:元気がありませんね?月曜だからですか?そろそろ定年だし、サンデー毎日になるのも近いですから頑張りましょうよ。

土建屋:いや、そんなことではないんですよ。また「引きこもり」の事件がありました。ああいうことがあるたびに私は長男が心配でご飯も喉を通らなくなります。

先生:大丈夫ですよ。

土建屋:あっけなくいうんですね。

先生:私も20歳から引きこもってました。大学に学園祭でちょっとやらかして行きにくくなったとかそんなことですが、もう他人と会うのもめんどくさい、と思い始めていたのが20歳くらいでした。

土建屋:いつくらいから今のように出はっているんですか?

先生:どさくさに紛れて嫌味言ったでしょ?出はっているわけではありません。今でもほとんど家にいるので引きこもりのようなものです。

土建屋:でも仕事してますよね。

先生:それは貧民は働かなくてはならないんですよ。話せば長くなりますが、私はその20歳の頃、親ももうお前は一生家で遊んでろ、などというし、そういうものかと思ってたんです。バブルの頃でみんな楽しそうにしてましたが、家で引きこもってフランス音楽ばかり聴いてました。それらこれらも今の仕事に全部繋がっていてありがたいことですが、父親の系統は自営業で(起業とかいいようにいう風潮ですが、会社に入れてもらえないだけです)母の系統は正当な貧民です。祖母は吉原の髪結でしたが、祖父は鼈甲職人です。働いた分は全部自分の飲みに使っちゃう人だったようで、毎日大喧嘩だったようですが、母の妹はお父さんが遠足の費用まで飲んでしまって、遠足に行けなかったのに、さも行ったような作文を書いて賞をもらったと母の葬式の時言ってました。こういう話が私は大好きです。まあ、長くなるのでこれでも少しは端折りますが、この祖母はその後宝くじを当てて、王子駅前で小間物屋を開くんですが、365日休まず店を空けてました。コンビニなどなかった時代なので重宝がられたようです。私はこの祖母の遺伝子があるなあ、と思うことがあります。祖父のようなダメ夫を作り上げたこともそうですが、他人から見たら「無理」というような働き方をしても一向にへこたれないところです。この祖母の遺伝子の要請で働いているようなところもあります。私が辛かったのは結婚したての頃ですね。なんの資格も才能もない私は「専業主婦」になるしかなかったんですが、毎日苦しかった。今思えば、この祖母の遺伝子がそんな生活するんじゃない、と言ってた感じです。主婦業がニコニコやれる人とはフランス貴族の末裔か何かです。

土建屋:また「主婦批判」が始まりましたね。「主婦」の人に怒られたりしてるんでしたよね。

先生:それに反応する人は薄々自分がそんなものに向いていないことがわかっている人たちなので、ルサンチマンで結構攻撃的です。であるなら私は家を捨てよ、街に出よう!と煽動したいところですが、もう主婦自体減ってしまった。有形文化財のようなものなので、静かに見守りたいくらいです。

土建屋:私の悩みに戻していいですか?長男が心配です。

先生:心配することはありません。私が20歳の頃引きこもってた頃、その先外に出るのがなんとなく怖くて専業主婦ってことで引きこもろうとしたこと、その後こども作ってさらに引きこもりの理由づけにしようとしたことなど、今では懐かしく思い出されますが、私の元来ある貧民の働き者遺伝子がそれを許さなかっただけです。あと父方の方のうるさいくらいに世話好き、というのも最近は一役買っていて、人がうたが上手くなって嬉しいなどと言われると楽しくてしょうがない。まあまあ自分に合った仕事を、自分の遺伝子の要請に沿った仕事ができるようになりました。そういう時人は「生きている実感」があるものです。ご長男も遺伝子の要請で動いてるんだから放っておけばいいですよ。

土建屋:本当ですか?どんな遺伝子なんだろうなあ。私も妻もその家系も真面目が取り柄、というような人たちで、学校に行ってそのまま就職して勤め上げる、とかそれ以外のことは考えなかったし、妻も家庭を守って一生懸命生きる以外の何もないんだけどな。

先生:だから真面目に引きこもってるんでしょう。たまにはお金でも渡して遊びに行くように勧めてみたらいかがでしょう?なんならうちの元夫を指南役につけてもいいですよ。

土建屋:お願いするかもしれません。

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イタリアまで3週間。最近は忙しくて銭湯すらあまり行けない。文京区男女平等センター(おかしすぎるでしょその名前)に行くのが遠出くらいなのに、いきなりイタリア。持っていく曲がよくさらえていないが、それはもうすぐ「ピアノフォルテの会」(6月14日2時から江戸川橋ピアノパッサージュ)があるからだ。ここで弾く曲を欲張りすぎました。バッハのプレリュードは小さいやつだから大丈夫と思ってたが、結構難しいし、ベートーベンの16番ソナタは手の大きい人用だった。耳の聞こえていた頃のベートーベンは案外おふざけなので、楽しく聴こえなくてはいけないが余裕がない。Debussy(カタカナで打てない)「レントより遅く」はそれこそ引きこもってた頃よりの憧れの一曲だが、サンソン・フランソワが名演だが、さらっと弾いているんだよね。こんな難曲だとは知らなかった。 

下手なピアノでもうたでも毎日練習、努力の先に何もなくてもですよ。それはつまんない人生でも毎日一生懸命生きてるのと変わらない。どんなピアノもどんなうたもどんな人生もかけがえなくそこにあるんです。そういうの実存主義って言いませんけ?「実存は本質に勝る」多分サルトル。

 

 

 

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