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あなたはあなたのうたを

 からだから講座の後,恒例「チョコカント」をやった。17名くらい出演。本当に皆さん熱心で素晴らしい。

まだ「鼻腔共鳴」に入らない人もいる。だんだん鳴るのか?と聞かれたら、絶対鳴らせると答えたいが(赤ちゃんの時は鳴ってたんだから)実際は結構時間がかかるかもしれない。

それは「鳴らない人」は「鳴らしたくない人」だからだ。

うるさくしたり目立ったり人と違うと指摘されたりがあまり好きでないというか、指摘されないように気をつけて生きてきた生き方が「鳴らない」を産んでいるので、まずその生き方を変えないとならないのではないか。

いや、逆かもしれない。鼻腔などが小さくて(それは差があるらしいのだ、歯医者に言わせると)鳴りにくいから静かな人生を送ってる、と言った事情もあるかもしれない。

この国では主張が弱くて自己顕示欲なども小さい人の方がフツウで良い、というような「宗教」がある。東京だと川一個超えるごとにそれは強まると思う。

前、川口で合唱教えてた時、本番は右足から出たらいいのか、左足から出たらいいのか聞かれたことがあるが、もう決めてあげた方がいいのに違いないと思った。もちろん服装や、コサージュの付け方や(なんかコサージュ好き)靴の高さや全部規定があった方がいいのだろう。北朝鮮でも十分やっていける。でもそういう人は多いと思う。

「フツウが一番宗教」は川越えるごとに強まると書いたが、東京で川越えるということは年収の関係だろうから、この鳴らないことと年収の関係はあるに違いないが、品の悪い地域の人も決して声楽なんかに手を出さないだろうけどよく鳴ってるように思える。山の手の奥さんなどは鳴らなそうではないか。そこに何かの変数が入るのか。

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土建屋:生徒さんから「土建屋さんって誰なんですか?」という質問がありましてね、嬉しいですね、私なんぞに興味を示していただいて。

先生:ほう、土建屋さんにもそんな小さな自己顕示欲が・・。

土建屋:自己顕示欲というほどのものでもないですが。私はほんとどこでも目立たないように、人のご迷惑にならないように生きてきたつもりです。

先生:土建屋さんはこのマンションの建て替えに際して住民に個別に説明する係として土建会社から派遣されたサラリーマンです。私は初めていらっしゃった時、ほんと、びっくりしたんですよ。

土建屋:私は何かしでかしましたか?

先生:地味でフツウで、会社の意向を間違えないように伝えようという姿勢、私がつまらないことを吹っかけても絶対乗ってこない姿勢、サラリーマンとはそういうものなんでしょうが、なんかご本人というものはどこにあるのか・・といえばその容姿、それはまさに全てを語っていて、きちんとした服装でいらっしゃったけど、疲れていらっしゃる、もう勘弁だと全身で語っているように見えました。

土建屋:皆さん結構自由なことをおっしゃる、先生の言葉で言えば自己主張の強い人が多いマンションなんですよ。疲弊してたかもしれません。

先生:「いろんなお仕事、あるんだな〜」という「働く車」という幼児の歌を思い出しました。

土建屋;いや、サラリーマンとはそういうものだと思いますよ。嫌だと思っても言えないじゃないですか・・ごくフツウなサラリーマンですよ。そして先生のお家は自営業の方が多いようですが、日本人の多数はサラリーマンでどこかに所属してお給金をもらっているのです。

先生:そうですよね。そういう環境で鼻腔を鳴らすなどということは出来ないものですかね?

土建屋:人によりますかね。大声で喋る人もいますよ。カラオケなんかうまい人も結構います。サラリーマンだから皆静かということはないです。

先生:そうでしょうね。土建屋さんがあまりに会社の意向に忠実な真面目な方だったのでちょっとそう思ったんですが。自己顕示欲と鼻腔の鳴り方の関係は必ずあるんですが。自己顕示欲がない人なんかいないのです。であるなら鳴らない人なんかいないと思うので、そしてこれだけSNSなどというミニミニ自己顕示欲発信をしている人たちが多い昨今、その前にまず持っている最初の能力「声を出す」を鍛えていくというのは単純で明快、プリミティヴでお金もかからず良いのではと思っているのです。

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どんな環境にあろうと「自分の声」を出してほしいと思うのである。

声を殺すな!

自分が「1」だったとして、それが1.2でも2でも拡大していくと人は嬉しくなる生き物なのである。人はその欲を叶えようと「努力」してきた生物である。自分の能力より速く走る、あるいは飛ぶ、それには速く走れる能力を鍛えるというより車を考えちゃう生物なのである。飛ぶことはできないが、飛ぶものを考えそれに乗れるようにする、スカラ座でうたって一番後ろの観客まで声を響かせるのは鼻腔共鳴を鍛え上げねばならないが、マイクを使えば誰でも後ろまで聞こえる声を出せる。自己顕示欲にまつわる全てをあらゆる「メディア」を使って誰にでもできるように普及するというところで人間は進化したというより拡張してきた。

でも「機械」に委託すれば「誰でも出来る」けど、それ使わないで自分を鍛え上げて自己顕示欲を晴らそうという試みの一つが声楽だと思う。

マイクを使わないでホールを響かせるってどんなか快楽であろう。赤ちゃんが周りの迷惑も顧みず、あるいはその声ゆえに育児ノイローゼになっている母親に何されるかわからないにも関わらず鼻腔を鳴らしまくって発散している。本能の赴くままで結構であるが、それは「言葉」を獲得したのと引き換えにどんどん失せていく能力だ。

本能は原型のまま使用されることはないのである、人間においては。

嫌なことがあれば鼻腔をビイビイ鳴らして騒げばいいのであるが(本当にそういうことするのも問題解決の一つの手かもしれない)フツウそうしない。その分誰かに言葉で嫌なことを説明するとか、どこかへ行って憂さ晴らしするとかなんかそういう代替案を考えるのがフツウだ。

声楽はそれを「合法的」にやろうという代替案である。

そのさきにそれを聞き入れてくれる「母」はいるのか?

いつでも「承認」は不確かであったではないか。であるならもうそれは手放してもいいのではないか、と思っている。

鼻腔をならそう、それは自己顕示欲の発露のため、ここにいますよ、と発信するため、誰がきても来なくても私たちはうたっていようと思うのです。

「承認」を捨てるということが自己顕示欲を解放するのに必要なのではないかということです。あなたはあなたのうたをうたってください。

 

 

 

 

 

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