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声と体のトポロジー

 イタリアで習った、あるいは聞いた音による習得かもしれないが、それは私にとって「なんだ、うたいやすいじゃん」という効果であり、もうわかんなくなったらイタリアへ行けばいいんだ、という安易な発想につながっている。

 イタリアが韓国くらいの距離にあればいいのだが、そこ替わってくれるとありがたいが、やはりあれだけの距離を移動しなくては、のところに、大変なところに行くのだ!という覚悟もできるというもので、なんでもすぐ安易に考える私への戒めになっていてよろしい。

 「からだから講座」2回目は先週の土曜日だったが、杉崎氏(バリトン)の体へのアプローチは見事なもので、これ毎日やってるんだーという驚愕、せめて3つくらいは取り入れて続けよう、という新たな覚悟。教室にその日配ったプリントがあるので、みなさんにお渡しして、覚えていることだけでも私からお伝えしようと思う。声を出す前にまずからだ、息なのです。

 しかしその講座を後ろから見てたんだが、息が吸えない感じがある。むしろ若い人。80過ぎの人が2名ほどきてたが、あのハードな体操ができるのはすごいことだが、案外柔軟で適当でよろしい。だから長生きなのかもしれないし。

これでうたを志向している、からだについて考えようとしている人々なんだから、ましてそこらの人に同じことやってもらったらもっと惨憺たるものなのだろうと想像はつく。

その後の「チョコかんと」という10名程度ちょこっとうたう会では、今イタリア前よりはるかに言えることが増えていて、時間があったらもっとその後のアドヴァイスができたのだが、レッスンで覚えている限り言います。

 体が固い、については日本国の正いしつけが行き届いちゃってよく沁みたこんにゃくのようになっているんだろうと思うが、こんにゃくなら柔らかくていいが、いや、芯がないのでこんにゃくではダメで、芯があるから他が崩せるのであって芯が欲しいが、もう日々教えていてその芯を作るというのに何か一番大事なものがあるような気がしてならない。

 集団監視システムのようなものが、特に堅実な階層にしっかりと作動しており、それが容易に息も吸えない体を作っている、で多分大方あたりだと思う。

 庄野潤三という私の大好きな作家がいるが、会社員をやっていると、ただ廊下を歩いているだけで、「ひやっと」することがある、というような箇所が(もっとすごく上手い表現だけど)あるのね、その誰に監視されているわけでもないのに、ちょっとそこ、と注意されそうな感覚。

 学校の教師は(おおむね先生というものは、私も先生だけど)権力に盲従してたし、「お母さん」というものが、もっと違った理論で生きてるなら救いもあるが、学校の先生と同じことくらいしか考えてないとするなら、子供に逃げ場はないのである。あるいは「お父さん」の権力下にあるなら、お母さんがどんなに一人リベラル左翼みたいなこと言ってても頭のいい子供はその権力構造を見抜いて、ある地点から言うことを聞かなくなるのである。

でもさらにその先には必ず「従順」になる時が来る。親の言ってたことがやっとわかったわけでも、心から「反省」したわけでも反抗期が終わったわけでもなく、親より先生よりもっと大きなものに従わないと「大変なことになる」という身体的危機感によって。

 パノプティコン(一望監視装置)と言う。実際刑務所なんかで採用されているらしい

 これを規律、矯正の権力技術として近代社会全域に応用して考えたのがフーコーである。こういうの割と読んでたのは30年も昔で、そこからはロクな本も読まないおばさんだからその後の色々な言説など知らないのであるが、私はこの一方的監視システムを破るのはSNSなのではないか、などと期待してるのであるが、もうそのツールには置いてきぼりにされているので、それらはさらに個人を監視する側に加担しているのであろうか?あるいは逃げとしての時間潰し。その要素はあったとしても、独房同士が「繋がる」に繋がらないのかな。

 これらの「監視」から自由になるには?

 監視する側、管理する側に立てばいいと言うことでは全然ないと思うが(そう思っている人は多い)その「管理」とは管理者にも当然かかっているし、むしろ多くかかっている。信望者とはより深い犠牲者である。

 あるいは自分の小窓にブラインドでも閉めて「引きこもってしまう」と言うのも少しセンスがあるならやってしまいがちな行動だと思う。しかしいかにも力なく、情けない。生きてることに意味などないのはお互い様として、共同戦線を張らないまでも、なんか他にないのか。人はパンのみに生きるあらずと言った人がいるが、人の持ってくるパンのみに生きる、と言うのはどうなんだろう、元気なのに。

 圧倒的な知、などという手もあるか、私はゴキブリという虫が素晴らしく嫌いだが(そのために元夫をわざわざ呼び寄せたと言っても半分くらいは当たっている)それを観察し尽くして習性と生態を観察すると、そんなに怖くないかも知れない、と言うのに似てるか。

でももっと「からだ」なんだと思う。今は。それは「勉強」して圧倒的な知、を目指すより簡単だし(いや、やってみるとそれよりムズイかも)

管理されないからだ作り。まず自分の息を吸うこと、自分の「丹田」をわかること、なのではないでしょうか?支配されないからだの上に「正しい」発声があると私は考えます。

 その小窓から監視塔に向かってうたう、それが全部の独房に共鳴する、なんてことを考える。

 「届け!」オフィシャル髭ダンディズム「宿命」

 

 

 

 大人になって「声楽」を習う階層というのは、「ある程度の階層」なのである。

 

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