声楽などというものはないな。いいこえいいうたがあるだけで、それはネコが聞いても感動するくらいのわかりやすさと汎用性があり、難しくない、とかいうことでもなく、ベルカントとは人が天国で聞く声でもある。
年取って(生殖などの行事が終わり)生きていく良さというのは、しがらみが減るということでなくてはいけない。権威にしがみつくとかなんとか賞取るとかはもういいから「ほんとう」に近づいて、本当に死んでしまうという、というような。
母親からしか生まれない人類ではあるが、死ぬときは一人というのもまた示唆に富む啓示である。
最期は一人で個人個人の「理由」で死んでいくのである。
死ぬ前に三途の川のようなところで「死んだ理由を書いた紙」のようなものを渡される。例えばそれは癌とかコロナ風邪とか事故とかそういうものではなく、「おちょこちょい」だったりとか「優柔不断」だったりとか「不注意」だったり「注意深さ」だったり「頑固」「剛健」「潔白」・・・なんて良い価値すら理由である。
人は「その人の理由」で死ぬのである。
その紙に「スピンジェレ」などと書かれたら哀しい。押す、と訳されるが、そう、私はなんでも押してしまう性格かもしれないな。過剰、かもしれない、それを「深い愛」なんてきれいに言ったくれるなら、どうかココロ豊かに渡れるではないか三途の川。
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このコロナ騒ぎで、わたしの合唱2つも休みにしましょう、ということになったら仕方ないな、と思ってたが、誰からもそんな声は出ず、今日のレッスンも医者の生徒以外は全部来た。医者はしょうがない。どこへも行くなのお達しである。
コロナ・ファッショ。「欲しがりません勝つまでは体制」になるのにちょっとした情報操作だけで十分のようだが、ああ、何でもかんでも情報をメタ出来ないやつがまんまと引っ掛かり、
スマヘなどで情報はいっぱい持っているが、取捨選択できないので結局情報弱者という皆さんが簡単にやられるようだが、私の周りにいないからしみじみ嬉しいが、いたよいたいた、私の所属している会合の「会議」をラインにしようと言ってきた。たかだかおばはんの5人くらいの会なのですよ。みんなほぼ専業主婦だし、コロナ関係ねえだろ。テレビの見過ぎ。子どもたちの戦争ゲームの弊害訴えてるが、君たちこそ画面からフィジカルやられすぎ。
で、ラインなんかやってないのは私だけだが、息子にやらせれば出来るのでいいのだが、いつも話合いでもうまくいかない会合がラインでできるかについてもすでにどうでもいいが、私がヘタっているのはそのラインのなんていうんですか?ハンドルネームのようなものとそのキャラクター的なものが・・ぐったりするようなバカバカしさなのです。
たとえば「あーちゃんまま」みたいな。
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マスクなんかしちゃって。学校休校になったら困ります、子どもたちの勉強も遅れますしね(子ども喜んでるって。子ども喜んでることは自分も嬉しい!と日ごろから言ってるあーちゃんママがそれは解せぬ発言、あんまり勉強効果もないあーちゃんママのお子さんだが)子どもたち一人にしておくの心配!だから学童やれとはまたけったいな発言。何でもかんでも自分都合なんだな。シッター雇えよ、ってそれは安倍政権が保証してくれるんですか?ってするわけないよ、怖えよあーちゃんママの正義と被害者意識と権利意識と、は。
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バカにうんざりしている。
バカはバカの自覚がない。じゃあなたはバカではないのですか?と聞かれれば私はバカではない、と答えよう。証拠にバカに疲弊しているからだ。
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三途の川のほとりで理由が「バカ」、バカは死ななきゃ治らないというが、死んで治るのかバカ。
コロナ・ファッショ
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